【生い立ち〜学生時代】
〈マサホ議員〉
 公務多忙な中、お時間を取っていただいてありがとうございます。早速ですが、山田知事の生い立ちからお聞きします。淡路島がご出身でしたね。

〈山田知事〉 母親の実家がある兵庫県の淡路島で生まれました。父親が大阪。私は兵庫県の伊丹で小学校時代を過ごしました。当時は畑の真ん中を通って学校に通っていた思い出がありますが、今は畑もありませんからね(笑)。父親の転勤で中学からは東京に行きました。

〈マサホ議員〉 50年前の話ですよね?

〈山田知事〉 そうですね、半世紀前ですからね(笑)。
東京オリンピックは伊丹の小学校時代に見ていました。その前に新幹線ができたので父親がわざわざ新幹線を乗せに名古屋まで連れで行ってくれたのを覚えています。大阪万博の時は中学生で東京に住んでいましたが、淡路のおじいさんと新大阪の親戚の家に泊まって見に行ったのを覚えています。

〈マサホ議員〉 中学、高校、大学は東京ですね。クラブ活動は何かされていましたか?

〈山田知事〉 そうです。中学から大学まで東京で過ごしました。中学からフェンシングをやっていました。兄がフェンシングを始めて、面白そうな事をやっているなと思い私も始めました。結局大学までフェンシングをやっていましたね。

〈マサホ議員〉 大学は東京大学の法学部でしたね。色々な大会にも出ました?

〈山田知事〉 みんながやっているようなスポーツじゃないから出られるのですよ(笑)。全国国公立大学選手権では優勝できました。関東リーグでは4部で優勝して、3部で優勝して、2部の入替戦で負けて終わってしまいましたね。負けた時のことは今でも覚えていますよ。

〈マサホ議員〉 そうですか!北京オリンピックでは同志社出身の太田雄貴選手がフェンシングで銀メダルを取り脚光を浴びましたね。

〈山田知事〉 太田選手を高校1年から見ています。高知の国体も観にいきました。そうしたら負けたのですよ。
彼曰く「僕の国体での唯一の負けがその試合です。」高校生でいきなり知事が観に来たら平常心ではいられなかったみたいですね(笑)。


【官僚時代〜京都府知事へ】
〈マサホ議員〉 さて、大学を卒業されて自治省に入省されました。

〈山田知事〉 最初は弁護士になろうと思っていましたが、人の話を聞くよりは自分で話す方が好きなタイプですから(笑)。
役人になろうかなと思いましたが、霞が関にずっと居るのも息が詰まるなと思っていたんです。
いろいろ調べていると、自治省は各地方公共団体をまわって若い時から責任をもった仕事をさせてくれる役所であると知りまして。いろいろな地方に行けて、たくさんの人にも会えて、美味しい物も食べられるなと(笑)。わりと軽い気持ちで入省しましたね。

〈マサホ議員〉 いろいろな場所に行くことはできましたか。

〈山田知事〉 まずは岐阜県、熊本の天草の税務署長に1年間、和歌山県、サンフランシスコ観光宣伝事務所に3年、高知県で仕事をしました。その後、霞が関に戻り、行政局行政課理事官や内閣法制局参事官など堅い仕事をしましたね。
人生って面白いなと思います。日本をまわっていろいろな地域でいろいろな人と触れ合うつもりだったのに、ハワイで観光パンフレットを配っていたり、そうかと思えば内閣法制局で防衛問題の担当になって日米ガイドラインの仕事をしたり。自分はいったい何をしているのだろうと(笑)。その後、国土庁土地局土地情報課長を務め、それから京都に来ました。

〈マサホ議員〉 総務部長として京都府に来られたのでしたね。

〈山田知事〉 平成11年8月16日です。来た日が送り火の日でしたからよく覚えています。
総務部長を約2年やらせてもらい、副知事が半年ですね。

〈マサホ議員〉 それから2002年(平成14年)に京都府知事選に立候補されました。ぼくも応援させてもらいました。

〈山田知事〉 凄く注目された知事選でした。選挙に勝った翌日の4大紙と日経、全て1面のトップ記事でした。
知事選の1週間前に横浜市長選がありまして小泉首相が応援した候補が負けたんです。ちょうど小泉さんの支持率が悪い時で、小泉さんが推している候補が2人連続で負けたら政局になると言われていました。ですから、全然関係のない話で京都府知事選がクローズアップされていました。それで4大紙と日経の1面トップ記事になったのですね。

〈マサホ議員〉 そうでしたか?もう忘れています。まだお若かったですよね。

〈山田知事〉 そうですね。47歳で立候補して、選挙の3日前に48歳になりました。当時はまだ30代の知事なんていませんでしたからね。私より若かったのは長野県の田中康夫さんだけでした。田中さんが不信任で辞めた後は、一時全国で一番若い知事になりましたね。

〈マサホ議員〉 今や全国知事会の会長ですね。

〈山田知事〉 全国知事会長でも僕は歴代で2番目の若さです。

〈マサホ議員〉 京都府知事になられて3期目ですね。どんな思いで仕事をされてきましたか。

〈山田知事〉 1期目は子供医療費の問題など、基礎を作ることに専念しました。2期目は基礎の上に、地域力再生、府市協調、オール京都という試みを行いました。3期目は京都力を発揮した成長戦略に力を入れてきました。今後は既成概念にとらわれず、住民参加型で次の時代に向かった発射台を作っていくことが京都府の役割だと思います。

〈マサホ議員〉 鳥インフルエンザの時はご苦労されましたね。

〈山田知事〉 まずは何が起きているのか分からない。養鶏場に行ってみれば何万羽という鳥が死に絶えている。
これは大変な事だと、もし人に感染したら京都はどうなってしまうのだろうという思いの中で対応していました。
自衛隊にも出ていただきました。


〈マサホ議員〉
  このたびの台風18号も大変でした。中国に行かれているのを途中で切り上げて急遽帰ってこられました。

〈山田知事〉  フェイスブックで、被害の写真が次々に送られて来るのです。これはいかん、と直ぐに帰国して対処しました。復旧と今後の防災対策に全力を尽くしたいと思っています。


【京都 左京へのおもい】
〈マサホ議員〉 次に左京についてお話をしていただきたいのですが。知事は京都に来られてからずっと左京にお住まいですよね。左京の印象はどうですか。

〈山田知事〉 凄い地域だと思っています。京都大学もあり、文化や学術の中心地ですよね。平安神宮、京都会館、みやこめっせなどを中心とした地域が南にあり。北に向かって、法然院、銀閣寺、修学院離宮、三千院に寂光院、数え上げたらきりがありません。また、鞍馬、花背、広河原と素晴らしい森林地帯や文化を持っている。葵祭りもあります。文化、学術、伝統の中心地ですね。

〈マサホ議員〉 地域力も凄いですよ。

〈山田知事〉 勿論です。左京に限らず、地域力は京都の一番の武器です。次の時代に引継いでいかなければなりません。町衆の力、庶民、市民の力がこれほど強いところは京都以外にないですよ。
祇園祭や送り火なども行政や大企業がやっているわけではありません。一般の市民の方の力で成り立っています。
京都というとお公家さん文化のイメージがあるでしょうが、大学生のまちであり、一般市民の力で成り立っているまちです。京都のすばらしさは地域力にあると思います。
左京の話に戻りますが、左京には大学もたくさんあり、若い人と伝統が混ざり合って日本最高のソフトを生み続けている。それが左京ではないでしょうか。
知事として当然ですが、私は左京に住まわしてもらっている人間としても京都左京の伝統をしっかりと受け継いでいきたいと思っています。

〈マサホ議員〉 左京には植物園など京都府の施設もありますね。

〈山田知事〉 今、植物園、総合資料館、府立大学を改造していますが、全て塀を無くしていきます。今まで植物園は二つしか門がありませんでしたが、門を増やして、塀を無くしたいのです。たくさん門を開けて外から見えるようにし、カフェを設けて出入りできるようにしました。総合資料館も府立大学も塀は取ります。市民の皆さんが文化や学術、自然までを楽しめる地域、市民力を発揮できる地域にしていきたいというのがコンセプトです。

【京都府と京都市】
〈マサホ議員〉 ところで府市協調、また二重行政と言われることがありますが。京都府と京都市の関係についてお伺いします。

〈山田知事〉 府市協調というと、京都府と京都市が仲良くしているイメージがあると思いますがそうではありません。
目的が違えば当然、切磋琢磨はありますし、ぶつかることもたくさんあります。むしろぶつからないのであれば一所懸命仕事をやっていない証拠ですよ。一所懸命やればやるほどぶつかる。
京都のいいところは、ぶつかっても最後は市民・府民の為に前向きな解決をすることができるのです。京都は協調関係ができている。それは歴史の知恵だと思います。また、しっかりと住み分けもできています。
例えば、府が博物館で市が美術館、府が植物園で市が動物園、一緒に力を合わせた方がいいものは一緒にやる。
今後は、成長戦略を中心に、更に一体化してく分野とそれぞれが力を発揮する分野を間違えないように進んで行きたいと思っています。
府市の関係は夫婦関係みたいなもので2倍、3倍の力がでるかもしれない。反目してうまくいかないと半減してしまう。そういう関係であることを京都府と京都市が意識してやっていければ私は心配ないと思っています。

【プライベート】
〈マサホ議員〉 最後にプライベートをお聞きします。息抜きはどんなことをされていますか。

〈山田知事〉 居酒屋でワイワイ騒いでいるのが一番の息抜きですかね(笑)昔はドライブが好きでしたが、知事になってからは車の運転はやめていますし、ゴルフも1年に3〜4回しかできません。やはり居酒屋で騒いでいるのが息抜きですね。もし見かけたら、どうぞお目こぼしをお願いします(笑)。

〈マサホ議員〉 4期目も期待していますよ。今日はありがとうございました。



【インタビューを終えて】 鈴木マサホ
山田知事とは、最初の知事選挙に立候補されたときに応援したのが最初の出会い。市会議員が知事と会う機会は、そう多くはないが、ぼくの在職25年の集いなどにも来ていただいた。自治省の官僚出身の役人らしさがない気さくな人。全国知事会や関西広域連合など、京都府知事の仕事は多い。府市協調で、府民・市民のために今後もがんばってほしい。フェイスブックもされていて、もちろんぼくは「友達」です。今後ともよろしくお願いします。
 

山田啓二京都府知事 プロフィール
昭和29年4月5日、兵庫県洲本市生まれ。
幼い頃から正義感が強く、世の中の役に立ちたいという思いが強く法律家を志す。
しかし東京大学法学部入学後、無料法律相談で多くの相談活動を続けるうち、個々の法律解釈よりも、その前提となる行政活動や法律の制定に係わる方がより多くの人々のために働けると思い、卒業後、昭和52年自治省(現総務省)に入省。
和歌山県地方課長、国際観光振興会サンフランシスコ観光宣伝事務所次長、高知県財政課長等で内外の地方自治を現場で体得するとともに、行政局行政課課長補佐、同理事官で地方分権の制度を担当。その後、法制局第一部参事官では政府の「憲法の番人」として、政府の憲法解釈の答弁づくりや法律解釈にあたり、平成11年京都府総務部長として京都府に赴任。
財政健全化策の実施に積極的に取り組み、施策の見直しと内部改革を断行し、健全化の道筋を確かにする。 京都府副知事を経て、惚れ込んだ京都のために働きたいと京都府知事選に出馬。現在3期目。全国知事会会長。


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