日本の行方を占う参議院選挙が6月22日に公示されました。投票日は7月10日。福山哲郎参議院候補は、毎日、京都府内を北は京丹後市から南は木津川市と駆け回っています。
はるか20年ほど前、環境問題に果敢に取り組んでいる福山君に出会いました。参議院選挙に彼が当選して以来、民主党の仲間として、議論し、京都から日本を変えようと共に行動してきました。
昨年の秋、安倍政権が安保法制を強行採決したとき、福山哲郎議員が、国会の委員会や本会議で「立憲主義を守れ!」と論陣を張ったことに感動し、また福島原発事故の時も官邸において必死になって対策を講じてきたことや、また長年、地球温暖化対策についても取り組みを進めてきた国会議員として活動してきた彼にエールを送ります。
このインタビューは、「左京ライフ」の作成者、コムペイジの牧野善郎君が、春に行ったものです。諸般の事情でアップが遅れましたが、ここに掲載する次第です。
みなさんの力で、福山哲郎をもういちど国会にお送りください。

2016年6月
京都市会議員 鈴木マサホ


牧野 インタビューのお時間をいただきありがとうございます。
今回は政治家福山議員と人間福山さんと両面からお話をお伺いしようと思います。個人的なこともお聞きすると思いますがよろしくお願いします。
まず、マサホ議員との出会いを教えていただけますか。

福山議員 私が「新党さきがけ」で政治を始めさせていただいた頃、マサホ先生は社会党のベテランの議員でいらっしゃいました。
私が取り組んでいた気候変動問題やNGO・NPOとの連携なら鈴木マサホさんだよといろいろな方から聞いていました。でも当時は党派が違っていたのでなかなか接触する機会がなかったんです。
当時の社会党の京都府連から民主党に来られた第一陣にマサホ先生はいらっしゃらなくて少し遅れてこられました。
ですから僕としてはようやくマサホ先生と仲間になれたと思いましたね。
実際にお話をすると、とてもフランクに、いきなり友達のように話していただきました。
気候変動や軍縮や平和の話もマサホ先生がやられてきたことの後追いを僕はしてきているなと感じましたね。
日々激励もしていただいているのですが、一番印象に残っているのは原発事故の時です。
マサホ先生と一緒に活動をされてきた環境系の方々から様々な情報や意見をいただきました。その中心に常にマサホ先生がいらっしゃった。こういう繋がりを持ち理解をしていただける地方議員の方がいていただいたのは僕にとってすごく有難かったですし心強かったです。

牧野 分かりました。では次に、福山議員が国政で重点課題と思っていることをお話しいただけますか。

福山議員 今、民主党が批判にさらされて厳しい状況であることは認識しています。
私たちが政権交代をさせていただいたのに国民の期待に応えられなかった。この失望感と、他に自民党にとって代われる政党はないじゃないかという思いが今の一強他弱の安倍政権を生み出してしまったと思います。
安倍政治に対して批判的に物事を言う前に、この反省から物事を出発しなければ国民の信頼を取り戻すことはできないと考えています。
我々は反省して国民のみなさまにお詫びをして再出発をして行きますが、だからといって安倍政権がこんなに好き放題やっていいとはなりませんしそれを放ったらかしにしていいということでもありません。
安保法案、情報が全く伝わってこないTPP、働く人にとって非常に厳しい労働法制の規制緩和、バラマキが復活している、地球温暖化問題にしても今は機運が下がっています。財政赤字の問題、日銀が毎年81兆円も国債を買うことで3年もしたら日銀は500兆円も国債残高を持つようになりますし、年金で株価を支えている。こんなことは持続が不可能なんです。
われわれは国民一人一人の生活を大切にするような政治をしていきたいと思っていました。子供手当にしても高校の無償化にしても、政治というのは中長期的に見て今何が必要なのかを考えてやっていくべきです。安倍政治は今さえよければいいという政策があまりにも多すぎます。政治は次の世代のことや日本の社会がどういう状況になっているのかということをしっかりと見つめて辛いことも認めることから始めないといけないと思っています。
国民の声を聞かない、実態を誤魔化して国民に伝える、結果としてバラマキや将来世代の人に不安が広がるようなことが行われている。こういう政治はどこかでブレーキをかけなければいけないし、その役割を我々がやらしてもらうしかないと思っています。
戦う姿勢。政権とは異なる政策軸をしっかり提示をする。この二つをやることが民主党にとって必要なことだと私は考えています。

牧野 民主党政権は3年3か月でした。今振り返ってどう評価されますか。

福山議員 診療報酬を改定しました、JALの問題も解決しました、羽田や成田の規制緩和もしました、京都に観光客がより多く来て頂くようになりました。京都縦貫道が開通して京都の北部と京都市内、京都南部が繋がる、京阪神とも繋がる。
京都が大きな繋がりとして機能しだしました。我々は縦貫道を早くやりたいと思って頑張ってきました。舞鶴が日本海側拠点港に指定された時も我々の政権の時でした。これで数千人単位の観光客を乗せたクルーズ船が舞鶴に来るようになりました。先ほどいいましたようにこの観光客の方々が京都縦貫道を使って京都の様々な場所に観光に出かけられます。
我々の政権時代に推し進めた政策が今になって結果として出てきていますが、なかなか日本の政治はこういうことを評価してくれません。
介護で働いている方は非常に給料が安くてなかなか結婚できない、更に重労働である。こういう方々の給料を少しでも上げて将来設計ができるようにしようと取り組みだしたのも我々です。
地味かもしれませんが、一人一人の生活をどう改善していくかという観点から様々な政策を実現してきました。
私は今、京都府身体障害者団体連合会の会長をやらせてもらっていますが、我々の政権の時に初めて障害当事者の方に政府に入っていただいて審議会を作り、障害当事者の方の声を聞いた上で障害者基本法の改正・障害者差別解消法・障害者雇用促進法・障害者相互支援法という法律の準備をし、この法律を根拠に念願の障害者権利条約を批准する道筋を我々の政権のときにつけました。
民主党が政権時代にやったことは今でも徐々に動いて結果はでてきています。
民主党は嘘をついた、何もできなかったというレッテルの貼られ方をして、全てが悪かったかのように言われている。逆に言うと民主党がやったことを評価されると今の政権が困ると思っているからだと思います。
つまり今の政権がやろうとしていることは民主党がやろうとしていたこととは別の方向を向いているということです。
自分たちがやった成果を口にするのを控えるということが青臭いのかもしれません。やはり少しずつでも国民の皆さまに伝えていくことが、安倍政権の暴走を止めるためにも必要なのではないかと思います。

牧野 あまりにも強いレッテルが貼られてしまい、なかなか抜け出せてない印象はあります。

福山議員 私もそう思います。


牧野 ここからは少し個人的なお話をお聞かせください。休日はどのように過ごしていますか。

福山議員 休日は無いんです(笑)。去年は大晦日の1日だけでした。その大晦日も家族に貢献をしなければと思い掃除をしていましたね(笑)。

牧野 では、リラックスするためにやることや趣味はありますか。

福山議員 野球が好きですね。阪神タイガースの試合結果などは見ます。国会中も録画しておいて早送りでみるとか(笑)。負けると逆にストレスになりますけど(笑)。
それから、最近は書を習いだしまして。忙しいのでなかなか時間はとれないのですが、集中しますから気持ちは切り替わります。

牧野 年間で1日しかお休みがないのであれば、少しの時間を見つけてリラックスするしかないですね。

福山議員 あとは子供の顔を見ることで気持ちがリラックスします。

牧野 最近テレビで福山議員を見るときは厳しい表情が多いですが。

福山議員 特に野党になってからはそうですね。最近皆さんに「おまえ怒ってばっかりいるな。」ってよく言われます(笑)。

牧野 好きな場所はありますか。

福山議員 神社仏閣は大好きです。たまに手を合わせに行きます。心が休まりますね。

牧野 ご自分の性格はどう自己分析されますか。

福山議員 意外と短気ですね。それから、自分で言うのも変ですけど気使いですね。
明るいか暗いかで言えば明るいでしょうか(笑)。子供の頃は活発で落ち着かない子でした。
それとアルバイトばかりしていましたね。僕は中学3年生から家庭教師をやっていました。高校生の時は夏休みに住み込みでゴルフ場のキャディをやりました。朝の6時半頃から準備をすると1日で27ホールのキャディができるのでバイト代が良かったですね。夜は宿直室に泊まるので勉強もできますから。
それから年末にパック寿司の寿司を作る製造工場で12月25日ぐらいから1月2日ぐらいまでアルバイトしていました。これも年末年始ですから時給がよかったです(笑)。
高校時代はよく働いていました。

牧野 左京のイメージを教えていただけますか。

福山議員 僕の左京のイメージは一言で、知的なパワースポットの多い場所です。
自然も多いですし、歴史的な場所もたくさんありますし、京都大学も含め学術的な場所も多いです。
私は大学院は京大に通ったのですが、京大の講堂は私の妻のお爺さんが建てたんです。そのお爺さんは京大で建築の名誉教授でしたので左京にもお爺さんが建てた建築物が残っています。私も京都造形芸術大学で10年以上教鞭をとって理事をしています。大学に教えに行く時は必ず左京を経由しますから、学術的な印象が強いですね。
哲学の道を一人でよく歩いた記憶もあります。あそこを歩くのも好きでした。いまだに銀閣寺の参道のミックスソフトクリームは食べますよ(笑)。
学生時代に夜中に行った、北白川バッティングセンターとか天下一品とか宝ヶ池のドルフという喫茶店は思い出にありますね。
言い出したら切がないぐらい思い出深く好きな地域ですね。

牧野 福山議員からマサホ議員へのエールをいただけますか。

福山議員 とにかく前回の選挙で11票差で勝っていただいて良かったなということです。
京都市会に鈴木マサホ議員が居て良かったということです。
鈴木マサホ議員が永年やってこられた評価がこの11票に表れているとつくづく思います。本当に残っていただいて良かった。それに尽きます。
残っていただいたので、これからいくらでもご一緒にいろいろな問題に取り組めます。なんでもマサホさんと一緒にできる。これからも今まで同様にお元気でニコニコと市民派政治家ここにありというお姿をみさせてもらいたいです。
 

 
福山哲郎(ふくやま てつろう) プロフィール
1962年1月19日生まれ 54歳 O型 寅年
子どもの頃の夢:野球選手
趣味:茶道・野球
好きな言葉:「一日を生涯として生きる」
〈学歴〉
嵯峨野高、同志社大学法学部、1995年京都大学大学院法学研究科修士課程修了
経歴
1986年大和證券株式会社入社、1990年(財)松下政経塾第11期生として入塾
1996年衆議院議員選挙に旧民主党公認として京都1区より立候補。落選。
1997年地球温暖化防止京都会議(COP3)に参加
1998年参議院議員選挙に京都選挙区より立候補。トップ当選。
1999年民主党に入党、ダイオキシン対策特措法成立に向け力を注ぐ
2004年参議院議員選挙京都選挙区で2度目のトップ当選。
2006年気候変動問題について欧米各国を視察。
2009年外務副大臣に就任(鳩山由紀夫内閣)。地球温暖化、核軍縮、国際協力等に取り組む。
2010年内閣官房副長官に就任(菅直人内閣)。参議院議員選挙 京都選挙区で374,550票を獲得し、3度目のトップ当選。
2015年民主党幹事長代理に就任。
2016年民進党結党、幹事長代理に就任。
〈現在〉
・民進党幹事長代理
・所属委員会 外交防衛委員会/委員、 震災復興原子力特別委員会/委員
・所属会派 参議院 民進党・新緑風会
・京都府身体障害者団体連合会会長
・京都造形芸術大学客員教授(政治学)
〈著作〉
「2015年安保国会の内と外で〜民主主義をやり直す〜」(共著) 岩波書店 2015年
「原発危機 官邸からの証言」ちくま新書 2012年
「民主主義が一度もなかった国・日本」(共著) 幻冬舎 2009年
「21世紀・日本の繁栄譜」(共著) PHP研究所 2000年


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